- 武田信玄は「透破(すっぱ)」と呼ばれる忍びの情報網を組織し、戦国最高峰の情報戦を展開した
- 「武田式暗号」は五十音の替え字(換字暗号)。密書を第三者に読まれないよう暗号化した
- 現代の AES・RSA 暗号との共通点は「鍵を使って情報を秘匿する」という設計思想。暗号は武器ではなく戦略そのもの
📜 もふねこからの挑戦状!
透破から届いた密書にはこう書かれていたにゃ。
「らゐ」
この2文字が示す「場所」はどこだろう?下の体験ツールで復号すると答えがわかるよ!(ヒント:武田信玄が治めた国の名前だよ🐾)
⚔️ 武田信玄とは——「風林火山」の知将
武田信玄(1521〜1573年)は、甲斐国(現在の山梨県)を治めた戦国大名です。正式名は武田晴信。その軍事的天才ぶりから「甲斐の虎」と呼ばれ、上杉謙信との川中島の戦い(5回)でも知られています。
旗印の「風林火山」は孫子の兵法から取ったもの。「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」——これが武田軍の戦略の根幹でした。しかし信玄の強さの秘密は、武力だけではありませんでした。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」——孫子
信玄が愛読した孫子の言葉。正確な情報収集こそが勝利の鍵だと信じていた。
🗝️ なぜ信玄は暗号を必要としたのか
戦国時代は「情報戦」だった
「武田信玄=騎馬隊が最強」というイメージが強いかもしれませんが、彼が本当に恐れられていた理由は別のところにあります。それは圧倒的な情報収集能力です。
信玄は「三ツ者(みつもの)」と呼ばれる集団を組織し、全国各地に放っていました。(ちなみに、秘密を暴く「すっぱ抜く」という言葉は、武田の「透破(すっぱ)」が語源だと言われているよ🐾 忍びの呼び方は国によって違い、上杉は軒猿(のきざる)、北条は風魔(ふうま)、伊達は黒脛巾組(くろはばきぐみ)と呼ばれていたんだ!)
敵の兵糧の残量、城の弱点、他国の同盟関係——これらを戦う前にすべて把握していました。これは現代のセキュリティにおける『OSINT(公開情報収集)』や『HUMINT(人的諜報)』を駆使した、極めて高度な『CTI(サイバー脅威インテリジェンス)』の構築に他なりません。
バレたら終わる世界
しかし、情報を集めるだけでは片手落ちです。集めた機密情報や、自軍の作戦指令を国元へ届ける際、もし通信経路の途中で敵にその書状(密書)が奪われたらどうなるでしょうか?現代のネットワークで言えば、通信の途中でデータを盗み見られる『スニッフィング(盗聴)』や『中間者攻撃(MITM:Man-in-the-Middle attack)』の脅威です。
「明日、背後から奇襲をかける」
——こんな一行が敵の手に渡れば、逆に待ち伏せされて全滅する。物理的に密書を奪われるリスクが常にある戦国時代において、「奪われても読めない文字」=暗号は、武将たちの命をつなぐ絶対条件だった。
この「情報は力であり、同時に弱点でもある」という認識が、信玄の暗号術の出発点です。単なる文字の置き換えではなく、組織的な情報セキュリティ戦略として機能していたのです。
🔒 戦国時代のアクセス制御:関所の「手判」とゼロトラスト
情報だけじゃなくて、物理的なセキュリティ(アクセス制御)も徹底していたんだよ🐾
戦国時代の関所や渡し場では、「手判(てぱん:通行証)」がなければ、たとえ味方の使者であっても決して通さなかったという史実があるんだにゃ。
葛山氏元朱印状(永禄13年3月20日)には、今川氏一族の使者(瀬名殿の同朋・竹阿弥)が用事で渡し場に来たけれど、「手判(通行証)を持っていない」という理由で船役所(関所)から通行を拒否され、引き返してきたという事実が記録されているよ。
氏元は「すぐに印判を渡すから通してやってくれ」と手配しつつ、「今後は味方の重臣から手判を出させるから、間違いなく確認してから通すように」と指示しているんだ。
これは、現代のネットワークセキュリティの最先端コンセプトである「ゼロトラスト(すべてのアクセスを疑い、例外なく検証する)」そのものだよね🐾「身内だから」「味方の使者だから」という理由だけで無条件に信頼(パス)させず、例外なく「正当な権限証明(手判)」の提示を要求する。戦国時代の国境防衛や関所は、まさに物理的なゼロトラストモデルで守られていたんだにゃ!
✍️ 書記(祐筆)を通さない「直筆書状」:現代のエンドツーエンド暗号化
さらに、情報の送り方にも工夫があったよ。戦国時代、武将たちの書状は通常「祐筆(ゆうひつ)」と呼ばれる書記(プロの代筆者)が書き、本人は最後にサイン(花押)だけを書くのが普通だったんだ。現代で言えば、部下がPCで作成したビジネス文書に、上司が直筆サインを添えるようなものだね。
でも、祐筆に代筆を頼むということは、「本人が送る前に、第三者(祐筆)に内容が丸見えになってしまう」という情報漏洩リスク(中間者漏洩リスク)を伴うよね🐾
だからこそ、戦国大名たちは以下のような特別な場合に限り、祐筆を通さず「全文直筆(自筆)」で書状を書いていたんだよ。
- 特に目覚ましい軍功をあげた武将への感謝状(感状)
- 親しい相手へのプライベートな手紙
- そして、絶対に漏洩してはならない極秘の軍事・政治機密
機密を祐筆に盗み見られたり、そこから情報がリークしたりするのを防ぐために、あえて本人が手間をかけて自筆で書いたんだ。これは現代のセキュリティで言う「エンドツーエンド(E2E)暗号化」と同じ発想だにゃ🐾
情報を送る人と受け取る人(デバイス)の間だけでデータを暗号化し、中継するサーバーや通信事業者のような「中間者」にさえデータを読ませない。戦国大名は、祐筆という中間者を排除する「直筆」によって、通信の完全な機密性を担保していたんだね✨
📜 武田信玄の情報収集ネットワーク
信玄は「透破(すっぱ)」や、自ら創設した「三ツ者(みつもの)」と呼ばれる忍びを各地に潜入させ、敵方の情報を収集していました。これは今日のインテリジェンス(情報機関)に相当するものです。
透破(忍び)の役割
- 敵国の地理・兵力・兵站(食料供給路)の偵察
- 敵大名の家臣団の内部対立を探る
- 密書の配達と、敵の密書の傍受・解読
- 流言(フェイクニュース)の流布による心理戦
武田家の戦略などを記した「甲陽軍鑑(こうようぐんかん)」という軍学書にも彼らの活動が記録されており、情報戦が正式な軍事戦略の一部として体系化されていたことがわかります。
🔐 武田式暗号(武田信玄式暗号)の仕組み
「武田式暗号」として伝わる暗号術は、主に替え字(換字暗号)の一種です。特定の文字を別の文字・記号に置き換えることで、第三者には読めない密書を作成しました。
⚠️ 重要:体験ツールについて
武田軍が透破を使った情報戦を行っていたことは史実ですが、「五十音の行を入れ替えるルール」という具体的な暗号表が歴史上存在したという史料的根拠はありません。下の体験ツールおよび変換表は、換字暗号(置換暗号)の仕組みを楽しく学ぶために当サイトが制作した教育用パズルです。実際の武田の密書の全容は謎に包まれています。
武田式暗号の基本原理:五十音替え字
もっともよく知られる武田式暗号は、五十音表を用いた替え字方式です。「あ行」を別の行の文字に置き換えるなど、特定のルールで文字を変換します。
武田式暗号のように、送る側と受け取る側が『まったく同じ変換表(鍵)』を持つ仕組みを、現代のIT用語で『共通鍵暗号方式』と呼ぶんだよ。家の合鍵を2人で持っているのと同じだね🐾
📜 武田式暗号 完全変換表(早見表)
武田軍と透破(忍び)の間で暗黙の了解として共有されていた(とされる)変換ルールの一覧表です。
📋 完全変換表を開く(タップして表示) ▼
| 元の行 | あ段 | い段 | う段 | え段 | お段 | ⇔ | 変換先の行 | あ段 | い段 | う段 | え段 | お段 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| あ行 | あ | い | う | え | お | ⇔ | わ行 | わ | ゐ | を | ゑ | ん |
| か行 | か | き | く | け | こ | ⇔ | ら行 | ら | り | る | れ | ろ |
| さ行 | さ | し | す | せ | そ | ⇔ | ま行 | ま | み | む | め | も |
| た行 | た | ち | つ | て | と | ⇔ | は行 | は | ひ | ふ | へ | ほ |
| な行 | な | に(除外) | ぬ | ね(除外) | の | ⇔ | や行 | や | い(除外) | ゆ | え(除外) | よ |
| ※「に↔い」「ね↔え」はあ行・わ行と競合するため、この変換表では対象外としています | ||||||||||||
| ▼ 濁点つきの文字のルール ▼ | ||||||||||||
| が行 | が | ぎ | ぐ | げ | ご | ⇔ | ざ行 | ざ | じ | ず | ぜ | ぞ |
| だ行 | だ | ぢ | づ | で | ど | ⇔ | ば行 | ば | び | ぶ | べ | ぼ |
⚔️ 武田式暗号 体験ツール——密書を作ろう!
ひらがなでメッセージを入力すると、武田式の替え字で変換します。友達に秘密の密書を送ってみよう!
※ この変換は教育目的の簡略版です。歴史的な武田式暗号の完全な再現ではありません。
ちなみに忍びの世界では、暗号化(Cryptography:読めなくする技術)だけでなく、『普通の手紙の行間に、あぶり出しで書く』といった『ステガノグラフィー(情報隠蔽技術:存在そのものを隠す技術)』も組み合わせていたと伝わっているよ🐾 複数のセキュリティ層を重ねる、現代の『多層防御(Defense in Depth)』の概念だね✨
💡 ツールを使った後に読もう
なぜ解けたのか? なぜ難しかったのか?
もしツールを使って「らゐ」を解読できたなら、それはルール(変換表=鍵)を正しく使えたからです。暗号は魔法ではありません。一定のルールで変換されたものは、逆のルールを適用すれば必ず元に戻る——これが暗号の本質です。
一方で、ルールが与えられていない状態で「らゐ」を解こうとしたら? 総当たりで答えを探すには途方もない時間がかかります。この「解読にかかる手間の大きさ」こそが、暗号が情報を守る壁として機能する理由です。現代の暗号標準であるAES(Advanced Encryption Standard)が『鍵空間(Key Space)』を最大256ビットまで拡張し、「総当たり攻撃(Brute-force attack)では宇宙の年齢以上の時間がかかる」と設計されているのも、この『解読の手間を計算論的に不可能にする』という発想の延長線上にあります。
🗾 川中島の戦いと情報戦
武田信玄と上杉謙信が5回にわたって争った川中島の戦い(1553〜1564年)は、単なる武力衝突ではありませんでした。両軍とも忍びを使った情報戦を繰り広げ、密書のやり取りと解読競争が勝敗を左右しました。
第一次川中島の戦い。信玄・謙信の初の直接対決となる合戦。双方がすでに忍びによる偵察を開始。
第四次川中島の戦い(最大激戦)。信玄の軍師・山本勘助が考案した奇襲『啄木鳥(きつつき)の戦法』を、謙信側は忍びや狼煙(のろし)の情報網で事前に見破っていたと言われます。情報(暗号)が漏れることが、自軍の全滅に直結する恐怖の瞬間です。
第五次川中島の戦い。以後、両者の直接対決は行われず。情報戦による牽制が継続。
⚔️ 武田信玄が強かった本当の理由
信玄の強さは、個人の武力や騎馬隊の突撃力だけで語れるものではありません。背後には、緻密に張り巡らされた情報ネットワークと、それを安全に運用するための暗号技術という「目に見えない武器」がありました。
戦国時代も現代も、「情報を制する者が勝つ」という鉄則は変わりません。信玄が暗号で守ったものは、単なる「文字」ではなく、自軍の命であり、国の存亡そのものでした。
そしてその思想は、現代の私たちが毎日使うスマートフォンの暗号や、暗号資産のセキュリティへと形を変えて生き続けています。
🔬 武田式暗号と現代の暗号——何が違う?何が同じ?
⚔️ 戦国時代の換字暗号
- 替え字(換字暗号)が主体
- 鍵は「文字の変換表」
- 手書きで変換する
- 密使(人間)が運ぶ
- 敵に解読される可能性:高め
🔐 現代の共通鍵暗号(AES)
- 数学的アルゴリズムが主体
- 鍵は128〜256ビットの数値
- コンピュータが変換する
- インターネット(光)で送る
- 解読に宇宙年齢以上かかる
※ 公開鍵暗号(RSA)は数学的構造が異なるため鍵長は2048ビット以上が標準です
🐾 もふねこの余談コラム:城の石垣と「否認防止」
時代は少し下って名古屋城(徳川・加藤清正)の石垣なんだけど、一つ一つの石に「◯」や「扇」の印(刻印)が残されているんだ。
これは大名たちが『手柄を他人に盗まれないため(私が運んだ石だ!と証明するため)』に彫ったもの。情報セキュリティの世界ではこれを『真正性(しんせいせい/Authenticity)の証明』と呼んで、現代のデジタル署名(電子ハンコ)のルーツとも言える考え方なんだよ!

「秘密を守りたい」という人間の願いは、戦国時代も現代も変わらないね🐾
武田式暗号と現代のAESは「手法」は全然違うけど、「秘密を守る」という本質は同じ。暗号の歴史は、人間が知恵を絞り続けた2500年の物語ね!
🏯 他の戦国武将の暗号術も読む
- 「甲陽軍鑑」は武田家の戦略を記した軍学書ですが、後世の加筆・改変が指摘されており、すべての記述が一次史料として確認されているわけではありません。
- 「透破(すっぱ)」の語源については諸説あり、本文の説は一説です。
- 「三ツ者(みつもの)」の具体的活動については後世の軍学書に多く依拠する部分があります。
- 体験ツールの換字暗号は教育目的の創作であり、史実の武田式暗号の完全な再現ではありません(記事内の免責表示参照)。
- 孫子「彼を知り己を知れば百戦殆からず」の引用典拠:孫子・謀攻篇。
武田信玄の「情報を守る」知恵を、現代暗号技術で理解する
透破・三ツ者・換字暗号――信玄が組み上げた情報セキュリティの仕組みは、現代の暗号技術の設計思想とそのまま対応しています。
「なぜ現代のAESはスパコンでも解けないのか」――その答えは暗号の進化の歴史にあります🐾