📸 日出城(暘谷城) 訪問フォトレポート
🏯 日出城を知る——木下延俊と細川忠興の絆
日出城(ひじじょう)は、大分県速見郡日出町に位置する海城(平山城)です。1601年(慶長6年)、初代藩主である木下延俊(きのした のぶとし)によって築城が開始されました。
木下延俊は豊臣秀吉の正室・ねね(高台院)の甥という豊臣一族でしたが、関ヶ原の戦いでは東軍(徳川方)に属しました。義兄である細川忠興(ほそかわ ただおき)の影響もあったとされます。
築城にあたっても、築城の名手である細川忠興が自ら縄張り(設計)の一部を指導し、石垣の普請は、家臣の穴生理右衛門を棟梁として行われ、堅牢な石垣が築かれました。
📌 日出城(暘谷城)の基本データ
築城:1601年着工、1602年頃完成 / 築城主:木下延俊 / 別名:暘谷城(ようこくじょう)
設計指導:細川忠興(中津城の整備・小倉城の築城などで知られる名将)
構造:平山城。本丸を中心に二の丸、外周を堀と海で囲む。
特徴:本丸北東の櫓に「鬼門欠け」を採用。「城下かれい」の名産地としても有名。
🧱 「鬼門欠け」を入口に、設計段階の対策を考える
日出城の鬼門櫓には、北東の隅を欠いた「鬼門欠け」という形が見られます。日出町によると、この櫓は現存し、2013年に旧日出城内へ移築・修復されました。鬼門欠けは、鬼門からの災いを避けるという信仰に基づくものとされています。
セキュア・バイ・デザイン
現代のシステムでは、完成後に対策を追加するだけでなく、設計段階から安全性を考えることをセキュア・バイ・デザインと呼びます。必要な機能や権限、データの扱いを初めから検討します。
鬼門欠けとの対応は、「形を決める段階で対処を考える」という発想に限った当サイトのたとえです。厄除けの信仰が、現代の情報セキュリティと同じ効果を持つという意味ではありません。
🧠 細川忠興の縄張指導——「第三者の目」のたとえ
日出城の縄張り(設計)は、初代藩主の木下延俊だけでなく、義兄の細川忠興の支援を受けて築かれました(日出町の説明では、縄張は細川忠興、石垣は家臣の穴生理右衛門を棟梁に普請されたとあります)。
外部の知見や細川家の援助を取り入れた点を、ITの「第三者の目」にたとえてみます。
🤝 外部監査(セキュリティコンサルティング)の重要性
どのようなシステムも、作った本人だけでは「身内バイアス」がかかり、見落としてしまう弱点(脆弱性)があります。
現代でも、システムのリリース前には外部の専門家に脆弱性診断(Vulnerability Assessment)やペネトレーションテスト(侵入テスト)を依頼することが有効とされています。
木下延俊が義兄・細川忠興の助力を得たことを「第三者の知見を取り入れた」と見立てると、プロの視点を入れる大切さが連想できます。ただし細川忠興の指導は「監査」や「診断」ではなく築城の支援なので、あくまでたとえです。
🐾 まとめ——写真で見えること・たとえ・たとえの限界
今回の日出城訪問で考えたことを整理すると(以下は当サイトのたとえです):
- 「鬼門欠け」は、後付けではなく最初から形に組み込む点がセキュア・バイ・デザインにたとえられる
- 補足:外部の知見を取り入れる点は、第三者によるセキュリティ診断の大切さを連想させる
🏯 設計の段階から、安全を考える
日出城の鬼門欠けを手がかりに、システム設計の段階で弱点を減らす考え方を連想してみました。
これらのセキュリティ・アーキテクチャの基本をさらに学んでみよう!
